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ときめきフレーバー

2007年9月24日。最高のクラスメイト9人に囲まれた“永遠に卒業しない学校”に入学。

夢のはなし

雑記 山田涼介

こんな夢を見た。




山田涼介さんがおうちにやってくる夢。





…リトライを根に持ちすぎだろとお叱りを受けそうだけれど、
とりあえず聞いていただきたい。

なんのシステムなのか、
山田さんは夕方にやって来て晩御飯を食べて寝る時だけいなくなり、
朝は一緒に朝食を取るという謎のスケジュールだった。
布団敷くところまでは一緒にいるのに、なぜか寝はしないっていう。

布団を敷いている間、
山田さんが私の部屋を見ていうのです。

「こんなふうに応援してくれてるんだなんて、とても意外です」

コンサートのうちわなどを見ていう山田さん(夢の中)。




夢から覚めた直後は、

「山田さんに会ったって〇〇(JUMP好きな友達)に言わなくちゃ……」

なんて寝ぼけていて
記憶を混濁させていたわけではありますが、
(友人にLINEする直前で自我を取り戻した)
ふと我に返って少し考えてみたら面白かったのでメモしておきます。




山田涼介さんはファンをすべての原動力と言いながらも、
ファンを理解しようとはしないんです。
これは決して悪い意味じゃない。

要するに、ファンという概念的な存在を心の拠り所にしているというか。



いつかのラジオで塩対応の理由を
「恥ずかしいから」
と述べたわけですが、これはきっと嘘でもなんでもないんだろうなー。

それは目の前にいる人を
「ファン」
ではなくて
「女の子」
だと認識してしまうからなのかもしれない。

ファンのために、ファンのおかげで、と人一倍連呼する山田さんではあるけれど、
彼の思うファンはステージから見たたくさんのペンライトのことなんだろうな。


わたしは彼の塩対応を割と支持しているタイプです。
Twitterとかを見ていればわかるけれど、彼のファンには攻撃的な人もたしかに一定数いて。
例えばファンサされただけで変に嫉妬されたり、いがまれたり。
もちろん、ファンサもファンを喜ばせる一つの手段だし、
ファンサマシーンこと裕翔くんの考え方も理解できる。
当然、ファンならだれでも、手を振ってもらえたりしたら嬉しいもんね。

だから、ファンサ自体を否定しているわけじゃなくて、
山田さんはあくまで、ファンサをファンを喜ばせる大きな一手とは思っていないんだろうなと思うだけ。

だったら彼のファンをしている者として、その考え方を受け止めるのも必要だと思います。
わたしだったら、自分にファンサされるよりも、
たとえば小学生くらいの子に手を振っていたり、
メンバーとハイタッチしていたり、ジュニアの子に絡んでいたりする山田さんを見る方が、
ほっこり嬉しくなるな。



もちろんこれらも全部推測でしかありません。

わたしが応援する山田涼介さんはあくまで彼の一面でしかない。
そしてそれは彼自身が言っていることでもある。
その上で、
「違う面が見えたとしても、それもまた山田涼介だから応援してくれると信じてる」
とも彼は言う。


コンサートに行けないファンの思いや、
メディア露出を待っているファンの思いや、
グッズやCDを飾るファンの思いを、彼は知らない。
いや、知っているのかもしれない。わかっているのかもしれない。
でもそんな素振りをみせることはない。
アイドルは「近くて遠く」あるべきだから。


山田涼介は、いい意味で「自分の事で頭がいっぱい」なんだ。

よくある微妙なファンへの気遣いが見えない。
だから彼の発言に引っかかったり、やきもきすることもある。
メンバーに指摘される口の悪さをラジオで隠すこともない。
そういう意味では光一くんに似ているのかもしれない。
Kinkiのコンサートのレポを見ると、光一くんの歯に衣着せぬ発言に思わず笑ってしまいます(笑)

いつかの
「外面が良くないと内面を知ろうと思わない」
なんて言葉もまさにそれに当てはまるのかもしれないね。

誤解を恐れない。自分が思ったことは、誰にどう誤解されても伝える。
……そう考えると、いつか彼自身が自分を「頑固」「だけど直す気はない」なんて言っていたのも頷けます。





彼にとってのファンは、ペンライトだ。

自分の進む道を照らすライト。

それを悲しく思う人もいるだろうけど、
「絶対的エース」「スーパースター」として山田涼介を祀り上げてしまったわたしたちは、
確かに彼が歩むべき道を示すべきなのだと思う。


山田くんが選んだたった一つの生き方。
その道を照らせることは、ファンにとって何よりも幸せなことだと思う。
山田涼介の人生が何週目なんだよって話も興味深くて好きだけど、
私が好きなのはあくまで「今」の山田さんだから。


「切なさ、ひきかえに」は、
切なさをひきかえに手に入れた「アイドルという虚像」の歌にわたしには聞こえる。
いつかわたしたちファンが、JUMPを照らす光になれたらいい。
10000字インタビューを読めば、ひとりひとりが「切なさ」を抱えているのがよくわかる。
彼らが「切なさ」を引き換えにして掴んだ
「アイドルという虚像」を失わないようにしてくれたらいい。
山田さんのアイドル性についての記事は、またこんど書くとします。


わたしは喜んでペンライトの一部になりたいと思う。
山田さんの中に「わたしという一人のファン」はいなくとも、
「ファンという概念」がいつもある。
それがわたしにとっては幸せこの上ないことだ。


「同じ歩幅で」JUMPが歩き出した今、
彼らの道を照らすライトが、美しく、
そして少しずつ明るくなっていってくれればいいと切に願う。

山田涼介だけへのものだったスポットライトをJUMP全員に当てる準備はもう出来てる。
「絶対的センター」山田涼介の座は誰にも譲られるべきものではないし、譲られることもないし、
彼が譲ることもないと思う。そしてその形がいまのJUMPにとって正しい。
でも、「Come On A My House」や「明日へのYELL」みたいに、
一曲ごとにひとりのメンバーをフューチャーするような、
そんな形態がこれからのJUMPには必要だと思う。

個人的には、薮くんのセンターが見たいなあ(笑)


いつか国民的アイドルと呼ばれるようになるHey!Say!JUMPを、
わたしは心から待ち望んでいる。
そして最近の仕事ぶりを見るに、きっとそうなれると信じている。
そのためのヒカリの一つになれますように。


You are my light
一人一人魅せる形に 愛求めるの
So you are my light
思い高まれば まぶしく強くなる

いつの日かあなたを照らせたら 願いを綴りながら
今はまだいつものように
あなたというこのヒカリに包まれていたい