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ときめきフレーバー

2007年9月24日。最高のクラスメイト9人に囲まれた“永遠に卒業しない学校”に入学。

舞台 「それいゆ」を観劇しました


今、それいゆを見たその足で乗った電車の中で、この記事を打っています。
基本的に、ブログの記事はお家に帰って、お風呂に入って、アイスでも食べながら書くんですが、今回はそんな悠長なことをしている場合ではなさそうです。

中山優馬くん主演舞台、「それいゆ」大阪公演初日を見てきました。

舞台は戦時下の日本。時代の流れや周りとの価値観にぶつかりながら、それでも「美しく生きる」ことを諦めないイラストレーター・中原淳一の半生を描いた舞台です。


とにかく見て欲しい………………


大阪公演は日曜までですが東京公演もあります。もう、ほんとうに。チケット買って配って歩きたい。それくらいよかった。とっっっっってもよかった。
以下、ストーリーのネタバレはありませんが感想です。








「美しく生きる」ってなんだろうと思って、舞台に向かいました。
だって、美しく生きてる人なんて、そんなにいないんじゃないか。きっと「美しく生きる」って、自分に正直に、取り繕わず、誰に見られても恥ずかしくないような、品行方正な生き方なんだろう。そう思って見に行った「それいゆ」で、頭に海賊船ぶつかったんじゃないのと思うくらいの衝撃を受けました。ルフィーが見える……。

優馬くんが演じる、中原淳一先生は、美しかった。とても美しかった。
だけどそれと同じくらい、いや、それ以上に、淋しくて弱い人でした。貫く信念もある。輝かしい才能もある。けれど、「きみはどう思う?」「ぼくは間違っているんだろうか」。ふとした時、先生はそう言います。子供のような、捨てられてしまうのを恐れるような、心もとない目つきでそう言います。
美しく生きる先生だったけど、決して強かったわけじゃない。ぶれなかったわけじゃない。自分に自信があるわけじゃない。醜いところがなかったわけじゃない。強がっていなかったわけじゃない。ひとりの、どこにでもいる、孤独に耐えられない、ありふれた人間です。それでも先生は美しかった。なんでなのか。

中原淳一先生は、前を見ていました。

なにをしたい?どこへいきたい?そのために、なにをしたらいい?その1本の、幹のような強い志に盲目と言っていいほど突き動かされ歩み続けた中原淳一先生。疑問を投げかけ続ける。間違いを糾弾しつづける。自分が思ったことならば、伝えます。それが綺麗事だと言われても、誤解されても。
ときに俯いてしまうこともあります。信念を曲げてしまいそうになるときはあります。でも、決して自分には負けなかった。それは自分の為でもあり、誰かの為でもありました。自分の信じる道のため。そして、そんな自分が笑顔にしたいと思う誰かのため。


優馬くんがやるべき役で、優馬くんにしかできない役だったと、確信しています。

舞台が進むにつれ、優馬くんが優馬くんじゃないように思えてきました。この人は、どうしてこんなに美しいんだろう。どうしてこんなに苦しむんだろう。その気持ちを救いたくて必死で、ただ涙が止まりませんでした。自分の求める理想と、その理想からはかけ離れていく世界。自分と世界の狭間で揺れ動き苦悩する中原淳一先生を演じる優馬くん。つらそうで、苦しそうで、悲しそうで、だけど、彼が自分の選んだ道をゆくのは、必然なんだろうなと思います。

選ぶことは残酷です。選ぶことは、選ばないことでもあるからです。未来を掴むことは残酷です。未来を掴むことは、未来を潰すことでもあるからです。
目の前にある選択肢。そのうち自分から切り開き、手に取ったものは果たしていくつあるんでしょう。

「美しさ」って何ですか。中原淳一先生は、そして優馬くんは、そう問いかけます。ブランドのカバンを買って、流行りの服装をして、誰かと同じライフスタイルを目指して。それって、「美しさ」ですか。そう聞かれて、どきりとしない女性の方がいまどき少ないと思います。なによりそれを問いかけるのが優馬くんならなおさら。あんなにまっすぐ、きらきらと輝く、星のような人に聞かれてしまったら、頷ける人は少ないと思います。

「美しく生きる」ことはむずかしいです。でも、「美しい」からって必ずしも強い必要はないんです。だって、中原淳一先生は、弱さも寂しさも醜さも全部抱え込んでなお「美し」かったから。苦しんで、苦しんで、苦しんでなお、「美しく生き」たんです。

私の思う、「美しい生き方」は、他人に真摯に向き合い、偽らない正しい言葉で思いを伝える生き方です。


あなたの思う「美しい生き方」は、なんですか。

「あなたは、美しく生きていますか。」